2016年10月11日火曜日

お磯物語①

「お米は芯があるのが好きな奴プチャヘンザッ!」
深夜のクラブでMC海苔はシャウトした。ステージに立ち続けてもう10年になる。
お米の素晴らしさを皆に知ってほしい。そんな思いを歌に込めている。
MC海苔が好きなのはカレーに良し、お茶漬けに良しのちょっと固めのお米だ。
クラブは毎夜、大盛況。
お米が好きな若者は今も昔もたくさんいる。MC海苔のパリッとした歌声に皆がうっとりとしたものだ。
しかし、今、一番人気があるアーティストはMC海苔ではない。

「おい。いつまであんな曲やるんだよ?」
クラブの支配人である蛤はMC海苔の胸ぐらを掴んだ。
イベントが終わり、客がいなくなったホールで蛤の声だけが響いた。
「米に芯があるのが好きな奴がいるわけねえだろうがッ!ばかやろう!いい加減目を覚ませ!お米はふっくらもちもちやわらか〜いって決まってんだよマダファカ」
スタッフのシジミが床をモップで掃きながら心配そうにMC海苔と蛤を見ている。
「今の若者はなあ、顎が弱いんだよ!固い米なんざ食うわけねえ。お前のご飯(曲)は古いんだよ!ちょっとは時代に合わせろよ」

クラブの外に出ると明るかった。
駅に向おうとした時、
昨夜のメインアクトのおかゆがMC海苔に近づいてきた。
「ちっす海苔さん!今日は勉強させていただきました!」
おかゆは、今渋谷のクラブシーンでもっとも流行っているアーティストである。
胃に優しいフロウと、うめぼしやしゃけなどの重鎮からも愛されヒューチャリングしたナンバーは、どの曲も楽天市場のランキング1位だ。
「今、チーズさんとかシュリンプさんとかに可愛がってもらっていて、来月から全米ツアー行くんすよ」
おかゆの屈託のなさが眩しくてMC海苔は佃煮になってしまいそうだった。
「へー、すごいね」
なんとか声を出したが、自分がなさけなくてしかたがなかった。
「でも、本当は海苔さんと一緒に何かやりたいっす!」
おかゆから後光がさしたようにみえた。
「いや、俺なんかとつるんだら人気なくなっちゃうんじゃない?女ウケしないしさ」
「そんな…、俺、海苔さんにあこがれてこの世界入ったんです!」

昔の俺だろ…、大人気のお前に言われると嫌味に聞こえるぜ。とMC海苔は空を見上げた。そして、
「今日は蒸すな、身体が湿気りそうだから帰るわ」
乾燥材入りのヘッドホンをつけ、おかゆに背を向けた。