2014年1月27日月曜日

温泉へ行くつもりじゃなかった

俺の周りでは家族やカップル、子供たちがぱしゃぱしゃと泳いだりのんびりと遊んでいる。
ここは、郊外の巨大アミューズメントパーク。
その中にある巨大な温泉プールは温泉地でもないのに、どこぞから温泉をわざわざ汲んで来ているらしい。
俺は、その中央に設置され、お飾りとして日々この平凡な風景を眺めている。

俺は、生まれてからずっと港から港へ世界中の海を渡ってきた。
シベリアの極寒の海でも俺は文句言わず、仲間たちを励ましてきた。
どんな嵐にだって真っ正面から立ち向かい、漂流しているあざらしがいたらこっそり甲板に乗せてやり仲間の元まで運んでやった。
世界中の屈強な船乗り達があこがれる貨物船、この俺そりたn号である。

そんな硬派な俺が…こんなチャラい享楽の一環に成り果てるなんて…


「そりたnさん。そんな浮かない顔しないでっ!温泉だって楽しいですよ。子供からお年寄りまでたくさんの方がこの『冒険温泉』に遊びに来ますよ〜!そりたn号は目玉なんですから!テレビにたくさん出れますよお〜!もう取材の電話鳴り止まないですぅ〜」
マネージャーが嬉しそうに声をかける
何が浮かないだ… 俺たち船にとっての最大の禁句だぞそれは。
こいつは業界では有名な敏腕マネージャーらしくあのタイタニック号もこいつのお陰で有名になったという話だ。

しかし…ちょっと、エンジンの調子が悪くなったからといって海の世界から引退させそうだなんて。

冒険温泉の敷地内には川が流れており、その川の流れは最終的に滝になりそりたnの周りの温泉に流れこんでいる。
24時間、どうどうと30メートルほどある滝から、いきおいよく水が流れていた。
くだらん物作りおって…とそりたnがあきれていると

「キャー!たっくんが!誰か助けて!」
と叫び声が聞こえた。
滝を観ていると三歳くらいの子が滝上の立ち入り禁止区内にいた。

「あぶない!あのままでは滝に飲み込まれてしまうぞ!」
とその場にいたお客たちが騒ぎだした。
子どもは、何もわからない様子で滝口の川の水に触ろうとし、そのまま水の勢いに飲まれてしまった。

「たっくん!」
母親らしき女性が膝から崩れ落ちる。

そりたnは、反射的にエンジンをかけた。
ゴゴゴと大きな音が冒険温泉に響いた。
子供が水面に叩きつけられるまでに助けなければ。
そりたnの脳裏には、あの日、助けたあざらしの姿が浮かんでいた。

「そりたnさん!何しているんですか!エンジンかけたら…もう、二度と…身体が動かなくなりますよ!やめてください…」
マネージャーが叫ぶ。そしてその声は泣き声に変わっていった。
「やめてください!そりたnさん…なんのためにあなたを温泉なんかにつれてきたか…わかってください!」


そりたnの耳には誰の声も聞こえなかった。

動け!俺の身体!

そして、ゆっくりゆっくりと滝に向かってそりたn号は進んでいった。

そして間一髪のところで滝から流れてくる子供をそっと受け止めた。

大喝采が起こった。
今や、冒険温泉中のお客さんがそりたnの周りに集まっていた。


「そりたnさーん!」
泣きながらそりたn号にかけよるマネージャー。
「だいじょうぶでずがあ〜〜!ぞりだnざーーん!」
涙と鼻水でぐじゃぐじゃの顔をしている。



マネージャー、声かけないでくれ

俺は今、温泉でのんびりしたい気分なのさ